| 五蘊盛苦〜山で何が得られたか |
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藪を漕ぐ行者
二泊三日の絶食直後の登拝は上りも下りも辛い。 |
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| 心経の「五蘊皆空」は、我々が肉体や意識で感じるもの全ては本来、何も存在しないという意味らしい。しかし、苦しい時は、やはり苦しい。辛い時は辛い。そして快楽は甘美だ。五蘊に翻弄されるのが人間ではないか。峰中行は、六道を巡るのではない。堕ちるのだ。行を通し、娑婆の暮らしを振り返り、辛苦にあえぐ痛み、快楽に溺れる醜さを思い知る。そして「五蘊盛苦」に達した時、輪廻から解き放たれ十界の極みへと至るのだ。 |
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山頂での記念写真
転法宝輪の中心で甑嶽の威儀が説かれ、行者の魂は覚醒させられる。 |
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| 山は行者を地獄へも、菩薩の世界へも導く魔法の舞台であり、また魂の清浄機ともなる。先徳の言葉を借りれば、峰中は、「つかの間の苦しみと、つかの間の楽しみを味わい、これらの世に生をうけたものを救う方法を考える機会とする」場だ。正嘉二年(1258)に北条時頼に閉山されてからおよそ750年の時を経て、甑嶽は衆生済度の霊山として蘇った。 |
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